生きることの障害

いや、生きること『が』、そもそも障害。

まあ、どうでもいいわ。人生はどうでも良く、この世も本来どうでもいいし。高校のあの名前なんだっけ、国語のっていうか、古典の先生が、3年(だったと思う)の最後の授業で、「人生、大抵のことはどうだっていいんです」(細かい言葉は間違って記憶しているかもしれない。「大体のことは」だったかもしれない。しかし、こういうニュアンスの言葉を、高3に投げかけていた)と言っていたが、実は、「大抵のこと」ではなく、人生は「全て」がどうだっていいのである。


それをポジティブに捉えれば、「だからこそ、好きなように、好きなことして生きてやるぜ!社会規範なんかクソくらえだ!」という話になるわけだけれど、ネガティブに捉えれば、「何やっても意味ないし、生きてる意味ねぇから死んだ方がマシだ」という話になるわけだ。

ああ、最近(と言っても半年ぐらい経っているのかも)、Facebookの仕様が変わって、Notaが使いやすくなった。一時期、勝手に変換ミスとか、なんかしやがったから。

まあなんか、最早戻れんところまで来てることもあって、自分に言い聞かせる意味でも、「俺はFXで生きていく」なんてことを言ってたり、思ってたりするわけだけれど、どうにもFXやってると、「くだらねぇなあ」と思えてくる。まあそもそも、太陽系なんて、あと100億年ぐらいしかもたないし、人類もあと数万年から数百万年ぐらい存続すればいいほうで、自分の人生も、喩え子孫を作ったとしても、全てが完全にくだらないわけだけれど(どうせ全て無になるんだからね♡)、更にその上で、一般社会において、一般社会的な価値を創造しないFXを、朝から晩までやってることの、くだらなさに時折打ちひしがれる。

が、だからと言って、俺はどんな仕事したってどうせ、「意味ねぇ」とか言い出すんだろうけどさ。

今実家に戻っているわけだけれど、俺はただ一日FXだけやってるにも関わらず、自動的に飯も出て、掃除洗濯もやって貰える環境にいると、流石に惨めさというか、悲しさというか、申し訳なさというか、なんだか言い知れぬ、後ろめたさを感じる。って、結局俺も社会規範に縛られてるだけじゃねぇか、と、思う。この状況であっても、高等遊民の如く、「俺のやっていることは価値のあることで、周りの人間が代償を支払って然るべきだ」とのぐらいの矜持を持ちたい。

残念ながら、そこまでの強さを持ち得ていない。

まあ、やってることは、結局、とどのつまりは、ギャンブルでしかないんだよ。めくらめっぽうやってるギャンブルとは異なるが、本質的にはFXも株(売買によって、利益を得ようとするタイプの株式取引において)も、ギャンブルでしかない。人に価値を与えず、人から価値(富)を奪って、それを生業とする。

だから、FXに於いて、勝たない限り、自分を正当化するものは何も無い。逆に言えば、勝ち続けさえすれば、それは正当化され得るのだけれど。

一般的な労働というのは、基本的に、他者に価値を与えるために行っていて、内容の良し悪し、巧拙はどうあれ、少なからず、労働する限りは、恐らく、他者に価値を与えているわけだから、それだけで評価され得る。或いは、場合によっては人に被害を齎すかもしれないけれども、何らかの新しいものを生産する。マイナスの価値になり得るかもしれないけれども、何かを生産し得る。それによって、自他に依って、評価され得るし、自尊心も賄われる。

ただまあ、マジで、FXは何も生み出さないんだよ。人から奪うことのみを至上命題とするのだよ。すごく単純で、だからとても好きなんだけれど、翻れば、勝たなければ、全てが否定されるんだよ。

知りもしない他人に、価値を与えることに興味は無いし、嫌いな奴に諂ってまで、他人に価値を与えることは忌避すべき、唾棄すべきことなんだけれども(個人的には)、前述のとおり、特に負けている時になると、「何やってんだろ俺、FXくだらねぇ」って気分になる。多分、余りにも勝ち続けた場合も、それはそれで「くだらねぇ」という気分にはなると思う。まあ、そんな「くだらねぇ気分」も、勝ってれば、単純に金が殖えて嬉しいから、アドレナリンやらドーパミンやらなんだらが出て、どこかに雲散霧消するんだけれども。まあ、本質的に、「FXはくだらねぇ」んすよ。「人生がくだらねぇ」ことと同様に。いや、寧ろ、「人生のくだらなさ」をFXはより身近に感じさせてくれる。

ああ、ちょっと酒が切れてきたな。ストロングゼロを1リットル近く飲めば力が湧いてくるが、切れればフェードアウトしていく、全てが。

最近まあさあ、快楽も少ないけれども、働いていた時ほど苦痛も少ないので、このNotaに書くことも内容の薄いというか、熱さも暑さも厚さもないというか、だったわけだけれども、まあ、アルコールを十分に摂取すれば(十分に摂取せざるを得ない状況であれば)、暑みは出るよね。

ジェトロで働いていた頃には(なんか一瞬、”ジェリド”に見えた。ゲシュタルト崩壊の一種か)、帰りの電車でスマホで長文書いてしまうぐらいの、良くも悪くもリビドーがあった。最近、ほんと、良くも悪くもリビドーが薄い。個人的には、柔らかい喜びや快よりも、結局のところ、苦痛や怒りや、嫉妬や憎しみなんてもののほうが重要で(パワーがあって)、愛でている。哀♪ふるえーるー哀♪

と、いうことで、今日もTwitterまとめ、いくよー。


やはりちゃんとルールを守ることは大事だな、と改めて今日思う。そして、そのルールはシンプルなほどいい。複雑だと、判断に迷ったり、余計なこと考えたり、『いや、これは珍しいタイプだけど勝てるタイプのチャートだ』とか情熱的自己正当化局面に陥ってしまう。

今使ってるルールは、もう少し継続的に勝てたり、自信が確たるものとなった段階で説明をしようとは思っているんだけれども、基本はかなりシンプル。読み間違いとかがほぼ無いルール。ただ、このルールはエントリーの必要条件であって、十分条件ではない(だから、ルールを守っても負け得る)。

まあ、相場なんだから、100%はあり得なくて、よって必ず勝つ“十分条件”たるモノは存在し得ないのだけれども、必要条件があれば80パーぐらい勝てる(80パーぐらい負けない)ところが、あと1条件ルールを追加すれば、95パーぐらい負けない、になりそうな感じではある。

なお、95パー負けないだとか、80パー負けないだとか言っても、それはリスクリワードレシオを無視した考えであって、人間は、プロスペクト理論に縛られるので、20パーの負けがだいたい大きな損失になる(少なくとも俺はそう)。だからまあ、勝率(“非”負け率)を高目になるよう設定している。

んで、だから今設定しているルールというのは、“大きく勝てないにしても、まあ、負けることはねぇだろ(トントンでは逃げれるだろ)”という保険的な、保守的な、防御的なエントリーの為のルール。

んで、こっからが問題なのよね。
流石にまあ、もう2年ほど朝から晩まで平均12時間ぐらいはずっと相場を見てる生活を続けていると、テクニカル指標とか抜きで、だだローソク足見てるだけで、相場参加者の息遣いというかなんというか、が見えてくるのよね。んで、なんとなく相場の反転するところってのが、結構わかったりするのよね。

ただ、とはいえね、これが当たる確率ってのは、良くてまあ6~7割ぐらいなわけだよ。でも結構当たるもんだから、前述のルール外でも、エントリーしたくなるわけよ。で、ここでエントリーを逡巡するんだけど、エントリーしなくても、エントリーしてたまたま勝っても、どっちも問題が起こるわけさ。

逡巡した挙げ句、エントリーしなくて、且つ、相場が思ってたほうに動いた場合、『あ~、やっぱ入っときゃ良かった~』と悔しがって、そのあとにルール度外視の厳しいエントリーをしてしまう。んで、負ける。そして、負け始めれば、プロスペクト理論でだいたい損大になる。

何よりも、この機会損失に対する悔しい気持ちを制御することが重要だと思う。トレードにおいて。落ち着いてれば、負けないエントリーをすることはそれほど難しくはない。寝てる間にルールにぴったし合致する理想的な相場があったのに、寝ててエントリーできなかった、とかも、同じ症状を引き起こす。

感覚的に、最早ニュータイプ的に感じて、ルール外でエントリーして、且つ、たまたま勝ってしまった場合は、これに味をしめて、ルール外のエントリーを繰り返してしまうから問題。感覚的に反転を当てられるっていっても、6~7割ぐらいなんだから、3回も続けりゃ負ける。んで、負けは損大になる。

なんか前にも書いたけど、相場で重要なのは“リバウンドを制するものはゲームを制す”ってやつで、とにかくトントンでもいいから負けなきゃ、マイナス2点が無くなってプラス2点のチャンスが生まれるっていう、4点分の働きなんだよ。

リバウンドを制するものはゲームを制す
リバウンドを制するものはゲームを制す
4点分の働きってコトか‼
4点分の働きってコトか‼

相場は明日も動いてるんだから、1回や2回チャンスを逃そうが(機会損失は)どうでもいいし、トントンで逃げときゃ塩漬け中の無駄な時間も無くて次のチャンスを得られるし、とかく、エントリーには“負けない”という保険、守りの姿勢が大事なんだよ。

だから、“勝てそう”なところでエントリーすんじゃなくて、“負けなさそう”なところでエントリーすべきで、そういうルールを作り、遵守すべき。そして、“勝てそう”だったところでエントリーしなかったことを、悔やまないこと。

FXは、勝つことを目指すゲームじゃなくて、“負けないこと”を目指す、それを争うゲームであるということを、心底理解し、実行すること。そうすれば、ルール外の(保険的、防御的ではない)エントリーをしなくなる。飽くまで保険を繰り返すゲームなんだ、と。

とはいえ、まあ、これが難しいのよね。心を鍛えるのが。どうしても、ポジポジ病は罹るのよね。そのためには、前述の信念を確固たるものとするために、森田療法的に、繰り返し繰り返し、身に沁みさせて訓練するしかない。

と、今回長ったらしく書いたけれども、これはあくまでエントリーの一面だけを切り取った話であって、イグジット(損切り&利確)をどうするかはまた別の話なのよね。それはまた、別の、話。正直イグジットのほうには確たる考えを持ちきれてなくて、だから利確がやたら早かったりするんだけど、最近、一つ、抽象的な内容ではあるけれども、確実な真理を発見したのよね。ただまあ、抽象的な真理なので、じゃ、実際にそれどう活用すんのよ?って言われると、まだ具体的な方法論には落とし込めていないのだけれど。また、いつか書きます。

と、まあ、大して勝ってないのに(てか、普通に損失出しまくってるし)、よくもまあ分かったようなフリして出来川は大きい顔して書くなぁ、と思いますよ、こんなこと。億り人でもなんでもないのにね笑。ちゃんちゃらおかしいですなぁ。


以上、おしまい獅子舞てんてこまい。

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