表層的鬱病の減退

実家におって、特に土日は暇なこともあって、ようやっと重い腰を上げてブログを作ろうかと思っているのだけれど、その材料にする予定の、過去のNotaやら、mixi日記やら、その他掲示板形式で書いてた日記やらなんやらを、少し、見返している。

全体のざっくりな感想を述べると、「18歳の頃から、文章の書き方とか、語彙とか大して変わってねぇ(進歩してねぇ)な」、ってのと、「一時期それほどまでに意識や思考の表層までは上がってきてなかったと思ってたけど、ずっと『生きてても意味が無ぇ、この世に意味は無い』ってこと言ってるな」ってのだった。

ただ一つ、唯一進歩というか進展というか、治癒というか、も発見した。仕事してた頃の文章に、「読みたい本も、観たい映画も無い。何もやりたいことが無い」、「本も読みたくないし、テレビも映画も観たくない」みたいなことが書いてあるけれども、『最近は、そうでもない』と思えている。

『この世に意味が無い』だとかいう、”深層的鬱病”は未だ治る気配も無いし、将来治る見込みも無ければ、治す気も無いのだけれど(どうせ、絶対と言っていいほどに、治らないから)、何事にもやる気が無い、という”表層的鬱病”からは脱却しつつある、或いは、完全に脱却したように思える。割と、本が読みたい。

良かったのか悪かったのか、よくよく考えると分からないけれども(表層的鬱病が無くなった所為で、文章や態度におけるオドロオドロしさ、が無くなって、平易な感情を持つようになってしまったから)、まあ、日々への苦痛が減退したので、良かったのかな、という評価をしたい。

将来やりたいこと、も出来たしね(いや、よく考えれば前からあったのか)。4年前ぐらいの、メキシコから帰ってきて割と直ぐの頃、『人生の中期計画を立てるべきだ。これまでは何も人生計画を考えてこなかった』みたいな事を書いていたりするけれど、現在は、計画がある。捕らぬ狸の皮算用が非道いし、阿呆みたいな計画ではあるのだけれど、大雑把に言えば、『FX等で数十億単位以上稼ぎ、酒池肉林をし、好きなところ(国)で好きなように生きる』という、将来やりたいことがある。まだきちんとFXに於ける光明が見えきれていないので、細かく落とし込んだ年次計画はいつも揺蕩っているのだけれど。

あと、その計画に付属する部品として、長くずっと出来るようになりたいと思っている、『5か国語ぐらいしゃべれるようになる』とかも達成したい。とりあえず、アラ、中、スぺ、英ぐらいで。ラテン語、ペルシャ語、ヒンディーにサンスクリット、ポルトガル語、ドイツ語、ロシア語、フランス語あたりもどうにかしたい。FXが上手くいきさえすれば、そういった、昔から阿呆みたいに望んでいる(望んでいるだけで、何も準備も努力もしていないのだけれど)事も、本当に叶うかもしれない。

うむ。書いていて思ってきたが、そう考えると、『FXで生きる!』という阿呆みたいなことを言って、実際にやっているが、わりかし古くからの欲求を満たすために、合理的な選択をしているんじゃなかろうか、と思えてくる。サラリーマンやってたら、こんなこと中々できんからねぇ。

かなり無茶な話には思えるものの、現状やっていることが、未来に希望している世界に繋がっているから(その可能性があるから、あると思っているから。実際ほんとにできるか知らんけど)、表層的鬱病が減退したとも言える。あとなんか一個ぐらい修士取っときたいなぁ、とか、政治家になる、なんて欲もある。『ボクシングで世界チャンピオンになる』というのは、流石に完全に潰えてしまったけれど。それでも、何か改めて格闘技はやりたいと思う。

なんだ、今日は珍しく、だいぶポジティブな話じゃないか。ポジティブに話を締めくくって終われてしまいそうになっている。

だがやっぱり、ネガティブな話も書こう。思い出したので。大学時代に好きだった子と、PCでやり取りしていたメールが出てきたのだけれど、正直、おぞましいと思うほどに気持ち悪い、自分が。自分の言動が、文面が。途轍もなくおぞましい。気持ち悪い。未だにまあ、気のある女とうまく喋れなかったりするし、ほんとどうしようもねぇクズでガキで、まともに女を口説くこともできないクソだなって思うわけだけれど、大学の頃の自分は、今より更に輪をかけて気持ち悪い。逆にポジティブに捉えれば、多少は成長したかな、とも思えるのだけれど。

ああ、全く、”かっこいい男”、”かっこいい大人”にはなれないし、なれてないな、と只管に思う。まあ、こんな文章を書いているような人間が、”かっこいい大人”になどなれるはずがないのだけれど。「この世の意味・価値」、「人生で何をするか」みたいな問題には、答えをつけたのだから、覚悟と度胸を持って、どっしりと構え、かっこよく生きられるように、振舞えるようになりたいと思う。

いつも大体物事を理解するにあたり、三段階(自殺に至る三段階)や三階層(価値観の三層構造)に分けて分析し、理解する癖があるのだけれど、深層と中層あたりの上記の問題は、漸くながらではあるものの、クリアしたと思うので、表層の問題をより良く解決していきたい。

ということで、落ち着こうか、まずは。ほんと今年の初めぐらいにも言っていたけれど、漸く中二病を終えて、大人の戸口の前に立ったというか、その敷居を跨ごうとしているというか、という段階に至っている。ほんとどれだけ成長が遅いのか。どれだけ思春期が長いのか。遅きに失している感は否めないものの、なんとかここまで辿り着いた。

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