Que Sera, Sera

つげ義春の漫画を読んでいると、今のただダラダラしている生活も、『まあ、こんなもんでもいいだろ』というような気分になる。

中高生の頃読んでいた印象としては、なんか暗いな、とか、妙によく分からんところで、よく分からんエロさがあるな、とかいう程度であったが。

改めて読んでみて、釣りがしてみたくなった。そう、旅の話ばかり。こんな生活もいいな、と思う。タバコも出てくる。全般的に、何もかもが齷齪していない。そう、割と旅は好きなほう。頻繁に行きたいとは思わないが、大した目的もなく、知らない土地をうろつくことが好き。だから、散歩も好き。

何かをやらなければいけない、何者かにならなければいけない、立派な人間にならなければいけない。そんな現代病をどうでもよくさせる。不思議な魅力がある。

いずれにせよ、少しばかり落ち着こうか、というのが自分に言いたい。実家に帰ると、両親と話をしていると、早口になるし、よく分からんテンションになる。中学生じゃないんだから。あの、つげ義春の漫画の主人公たちの、良くも悪くも泰然としているというか、動じていても、何か抜けていて動じていないというか、あれが、良い。女との関係に於いても。

そして、やはり、FXは、チャートは、読めるものではない。これは絶対だな。読めない。ルール外の動きは、日常茶飯事で起こる。だから、チャートの先を読まずして勝つ。そういうことが必要。

チャートの動きはどうあれ、FXがどのような原理で動いているか、どう動くかは別として、何が100%確実と言えることか。それは分かっている。だから、そこから導き出した手続きをやるだけ。だが、それが難しい。『よくある動き』というのが存在していて、そこそこ先が読めてしまう(そこそこ先の動きを当てられてしまう)ことがあるからこそ、難しい。

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