ジェトロを辞めて3年。3年で何か学んだか?

12月半ばから色々思いついたことをこまごま書き留めてはいたのだけれど、FXもうまくいってないし、気が乗らなくて書かなかったものを、そろそろ書こう。オムニバス形式で一本のNotaにする手もあるけれど、やはりテーマが分散するので(と言っても、大きな視点で見れば、毎回同じことを言ってるだけにすぎないのだけれど、グダグダと)、結局、バラバラのNotaに書くことになると思う。

気が乗らないと、「書きたくないなぁ」と思うけれども、これぐらいが、これだけが、自分がずっと続けていることだから、思ったことを書き記すことが。15年ぐらいは続けている。途中、データを消してしまった、失われた時代があるのだけれど、それを除けば、ずっと続けているし、残している。

これに何か意味があったのか?と言われると、正直分からないし、意味や価値を持たせたいけれども、それを持つかどうかは、今後にかかっている。ただの糞の垂れ流しなのか、そうではなくなるのか。少しは、物事や考え方が、過去よりは整理できたようには思っている。

これまで、一度として、物語や、人に語るための文章を書いたことはないが、そういうことも、そろそろ本気で考えるべきだろうと思う。これまでは、ただただ、自分の思いの丈を綴り続けてきただけだから。カッコよく言えば、随筆たるものになるかもしれないけれど、こんなもん、俺以外にとっては、糞の垂れ流しに過ぎない。いや、俺にとって”も”か。

前口上がいつも通り長い。一本目は、今日思ったことから。
ふと、「あ、そういやちょうど3年経ったわ」と思った。ジェトロ辞めてから。


何か学んだか?と問われると、非常に微妙ではあるけれど、少しは、何か知った(識った)ことはあったかのように思う。去年の初夏から秋ぐらいにかけては、ジェトロ辞めたことをすげぇ後悔していたけれど、何事も喉元過ぎればなんとやら、もあり、今は別に後悔という念はない。というか、最早完全に戻れないところまで来た感があるからそういう念を抱かない。自らずんずん進んでいったんだけれど。戻れる道を蹴ってまで。

抽象的な話で言えば、自分の無能さを知った、というところが一番大きいかな。何者でもないし、何者にもなれやしない(とはまあ、まだ限らないっちゃあ限らないのだけれど)のに、まあ、なんか何者かになれる、とぼんやりとした自信が、ぼんやりと存在していたのを、9割方破壊することができたよね。

スポーツでも、音楽でも芸術でも、学問でもなんでも、すげぇ奴は、15ぐらいの頃にはもう意志を持っていて、すげぇんだよ、大体。

卑近な話になると、尾崎豊が好きなんだけれど、15やそこそこで、あんな曲と詩を作れるのは、本当に天才だな、と最近強く感じている。今も曲を流している。15の時に、あんなに、人生について深い考察や思いを持ち得ない。漸く、30歳過ぎて、分かってくることがある。彼の言いたかったこと、表現したかったこと。それも、ほんのひとかけらだけだろうが。

自分は15歳の時に、何になりたいとかもなかったし、ただぼんやりと人生とこの世や社会を考えていて、多少勉強ができるもんで、それでお調子に乗り、ホクホクしてたに過ぎない。この歳になって、しっかり仕事も何もかも、社会的地位を放棄してみて、「自分、なんにもねぇな」というのを、逃げ場なく感じられた。それは、良かったことだろう。多分。

「たら・れば」を考えてしまうことは好きで、様々な後悔をしまくるタイプなんだけれども、ただやはり、ジェトロを続けていても、確実に途中でぶっ壊れていただろうな、と思う。

あのまま続けてれば、それなりに、調査も含めて、仕事ができるようになり、今頃どっかアルゼンチン辺りに赴任でもして、まあまあ高級なところに住み、そこそこ高級なものを飲み食いし、それほど日々に不自由なく、場合によっちゃあ結婚もして子供も出来てて、それなりに楽しくやってたんじゃないの?とは思うが、絶対どっかでぶっ壊れると思う。45歳でぶっ壊れるより、30歳で自分でぶっ壊しといたほうが、まだ良かったと思える。

「ジェトロを続けていれば」という仮定は、それはそれで甘美で、安定とそこそこの裕福の魔力があり、今でもその誘惑や嫉妬の念に食い殺されそうになるけれど、どう考えても、そういう人生で、俺が自分を肯定して、満足して生きることはできないと思う。極端に言えば、自分で自分に反吐が出る状態を続けることになる。喩え、その状態を手に入れることや、維持することが、労を要することで、そんなに簡単でもないことで、努力が必要で、社会的な価値があることで、尊い、素晴らしいことだとしても(というか、そういうものだと思うけれど)、やっぱり駄目だと思う。

「俺何やってんだろ?」ってなると思う(どうせ、何をしていても、同じことを思う可能性は高いけれど)。

ジェトロで、一職員として働いて、それなりに世の役に立つこともし、家族を持ち、家を持ち、金を持ち、地位を持ち、社会から評価を受け、だったとしても、どう考えても死ぬときに、自分の人生を肯定できるとは思えない。俺の感性では。

ただね、問題なのは、じゃあ、そうじゃない、安定的で一般的に社会的に立派な人生を超える、なんかすげぇ波乱万丈で面白い、とかくすげぇ人生を送れる精神的能力や身体的・頭脳的能力があるかというと、「それが俺に無い」というのが問題で、その「無さ」をまざまざと感じさせてくれたのが、この3年かな、と思う。「あ、無ぇわ」と。それをしっかりと気づいた。そして、過去にも「何も無かったわ」というのを。

いくつか、個人的に思う「あの時こうしておけば」という人生のターニングポイントがあるんだけれど、だいたいどれも、覚悟も決意も強い意志も、度胸も何もかもが無いから、流されて、ここに行きついているんだというのを、どうしようもなく、眼前に置かれて、認めざるを得ない状況に陥っているし、陥った。

まあでも、まだまだ今後ももがく。実家に寄生し、惨めで本当に仕方がない状態ではあるけれど、もがくよ。死ぬまでもがくよ。もがくしかねぇんだから、もがくよ。いや、ほんと親に申し訳ないし、恥ずかしいし、惨めだよ。クソだよ。でも、もがくよ。まだね。5年でも、10年でも。

小中高の知り合い、大学や会社の同期が、結婚やら子供ができ、仕事もちゃんとしていて、立派な人生を歩んでいるのを見ると、知ると、正直に、完全に、羨ましいし、妬ましいし、それと同時に、非常に自分が惨めになる。多少この惨めさにも慣れてきたけれど。慣れることが良いのか悪いのかは分からないが。まあただ、ほんと惨めで羨ましさを感じるよ。

最後付け足しになるけれど、「具体的な面でなんか学んだか?」というと、税金とか社会保障とか、自分で申告したり払ったりすることで、多少社会の仕組みを身をもって知ることはできた。給与所得者やってると、会社がやってくれるから、そういうこと気にかけんからね。

あと、FXやったお陰で、多少は金融面のリテラシーも上がったように思う。ま、多少だけれど。ファンダメンタル面ほとんど気にしてないし。ただ、とかく、株とかFXとかこういう世界があることを経験という形で、身をもって識れた。65歳になって、初めて退職金で株やって大損こく、とかいう心配はもうない。

あと、予備自衛官になれたのも、ジェトロにいたらできんことだったな。国防だとか政治とか、多少の経験と知識とともに、興味が付いた。あー、それに、キャッシングして借金作ったってのも、ジェトロにおったらやらなかった経験だろうなぁ。FXのお陰で、ギャンブルの魔力の凄まじさをしっかり識れた。確かにそういう意味では、この3年、見識は深まった。

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