気ぃが~狂いそう~♪

ななななななな~♪

だが、残念ながら、気が狂うこともできないし、キチガイにもなれないんだな。そんな才能すらないのよ。

高校の時から「神になりたい」と言っていたらしいんだけど(桑原曰く)、その衝動の原点に、手塚治虫のネオ・ファウストがあった、強く影響を与えていたらしいということが、分かった。実家の元父親の部屋であり、中高の自分の部屋にあった、手塚治虫の遺作・未完の漫画。

実家に帰ったら出てきたので、改めて読んでみたのだけれど、現在の自分の思想を作っているものが、端々にある。

それほど重要視していなかったけれど、神になりたいだとかの欲求や、快楽を追求したいだとかの欲求は、かなりここから派生している。生命を人間の手で作りだす、というのには興味はあるが、それよりも、やはり宇宙の真理を解き明かすことのほうが大事だな、とは思うけれど。

ま、現在、な~んにも、してないけどね。影響されるならば、もっとがっつり影響されて、生命科学や宇宙物理学の研究でもやってりゃよかったのにね。と思うが、まあ、それを支える精神的・頭脳的才能が無かったんだろうね。

というのは、逃げ口上の理屈付にすぎないが。

古谷実好きなんだけど、流石に段々おなか一杯感があって、最近の漫画はしっかり読んでなかったんだけれど、ブックオフでサルチネスを全巻立ち読みした。

そして、まさにこういう、古谷実の漫画に出てくる登場人物的な生き方を、自分がし始めてるな、完全に、と、思った。「人生」とかについてやたらと語りまくってしまう主人公やその周辺のキャラクターの。そして、30歳越えて警備員のバイトやってたり、ニートしてるような主人公の、生活面までも、似せてしまってきているな、と。

ある角度から見れば、「ああ、ちゃんと思い描いたとおりに進んでいるんじゃん」ということにもなる。

自分のだいたいの思想や人生観が、ほんと漫画によって構成されている。

あとこれ関係ないけど、最後に一個残ったテーマ。

熱田神宮に行ってみて、ふと、商売繁盛を神頼みする気持ちが、分かった。FXやったお陰と中島義道のお陰で、「世の中って、結局運にかなり左右されるよね」、「世の中って、結局不条理に支配されるよね」というのを肌身に感じて思い、だから商売も、結局どっか成功するかどうかは神頼みのとこがあるよね、と。だから、神頼みしたくなる気持ちが、よく分かった。

phaさんも、中島義道も好きなんだけれど、結局彼らは、最後なんだかんだポジティブに人生とかこの世を認識する形にしてるんだよな。それは、建前であったり、人前ではそう表現するようにしているだけなのかもしれないけれど。そこが、最後どうにもしっくりこなくて、全面肯定できなくなるところ。

この世も人生も完全にネガティブに捉えながら、その上で社会的に成功してやりたい。そして、この世を社会を嘲ってやりたい。本当に。

やることは決まっても、できるかどうかは別のことで、そこが問題。知らねぇからなぁ、この世を否定しながら、ネガティブに捉えながら、社会的に成功しているやつ。難しいんだろうな。だからこそ、やる価値がある。

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