気ぃが~狂いそう~♪

ななななななな~♪

だが、残念ながら、気が狂うこともできないし、キチガイにもなれないんだな。そんな才能すらないのよ。

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人生なんて、頑張って意味あんの?

俺が仕事したところで、たかが知れている。

流石に一気に4つ目のNotaとなると、少し息切れしてきている。もうまとめてオムニバス形式でいいかなぁ、なんて。

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人のことを考える余裕などない

そんな人間であれば、カッコよく振舞えるはずなどない。究極、自分に余裕が無い。まあ、大体の時において。

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表層的鬱病の減退

実家におって、特に土日は暇なこともあって、ようやっと重い腰を上げてブログを作ろうかと思っているのだけれど、その材料にする予定の、過去のNotaやら、mixi日記やら、その他掲示板形式で書いてた日記やらなんやらを、少し、見返している。

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生きることの障害

いや、生きること『が』、そもそも障害。

まあ、どうでもいいわ。人生はどうでも良く、この世も本来どうでもいいし。高校のあの名前なんだっけ、国語のっていうか、古典の先生が、3年(だったと思う)の最後の授業で、「人生、大抵のことはどうだっていいんです」(細かい言葉は間違って記憶しているかもしれない。「大体のことは」だったかもしれない。しかし、こういうニュアンスの言葉を、高3に投げかけていた)と言っていたが、実は、「大抵のこと」ではなく、人生は「全て」がどうだっていいのである。

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簡潔で完璧な人生を

人生を通じてやりたいことなどないけれど、生きたい生き様はある

死ぬ時に自分の人生を肯定できるようにしたい。だらけずに。ただ純粋に、日々にある選択で、ベストのほうを選ぶように努力する。楽なほうを選ぶのではなく、正しいと思ったほうを選ぶように。

自分を否定しながら生きるのはつらい。人生に意味はないけれども、それとは別に、自分の中での善と悪は存在する。それを裏切らないように。そうすれば意味はなくても充実していると感じられるはずだ。